Tiffany.J『孤独人間解放』

死ぬまでに友達できたらいいな…

睡眠が悪魔に支配された日 ー悪夢のマトリョーシカー

あれは小学校1年生の夏休みだった

私にとって睡眠は悪魔の時間と化した

 

私は生まれ変わりたいのではなく

この苦難を味わう自分の意識を保ったまま別の体を手に入れたいのだと自覚した

 

完璧な体に交換したい

この自分の意識を保ったまま永遠の時を過ごしたい

死にたくないとは似て非なるもので

体よりも意識を失いたくないという非常に強力な衝動が生まれた

 

 

真夏の陽射しがギラギラと照りつけたある日

私は母親に連れられ遠戚の葬儀に参列した

私の記憶は告別式のある瞬間から鮮明にそして強烈に脳に刻まれている

それまでは遠くから見ていた故人が眠る棺を

数人の男性が祭壇の前に運び蓋が開かれた

私は母親に言われるがまま棺に近づいた

他の参列者も皆、棺に近寄ってきた

故人の配偶者は憔悴しきっていて家族に支えられながら歩み寄り

故人の顔を見ると涙が溢れ出し、ハンカチで目頭を交互に押さえた

司会者の声掛けで次々に花を手に取っていく

私も白い菊の花を1本手渡された

故人の身近な人達から順に棺の中に花を手向けていく

すすり泣く声が増え始めた

やがて母と私の順番が来て棺に向かって数歩前に出る

 

一切の赤みを失った若い男性が横たわっている姿が目に飛び込んできた

 

人生で初めて遺体を実際に見た瞬間だった

その亡骸は顔や手指にいたるまで黄色人種の肌の色を隠すほど紫斑に覆われていた

故人は白血病に罹り闘病の末に亡くなった方だった

まるで脳を撃ち抜かれたかのようだった

私の中の時が止まった

あまりの衝撃と恐怖に身震いがした

私は何故かそれを必死に隠さなければならないと思った

周囲にバレてはいけないと思った

なんともないフリをして私も遺体の上にそっと白菊を置いた

白菊の花は誇らしく形を保ち、菊と葉は深い緑が堂々と真っ直ぐに伸びている

それなのに白菊達も目の前の男性も内側の流れはもう止まってしまっているのだ

暑さとは明らかに違う汗が背中を流れ落ちた

参列者全員が花を納めると再び先ほどの男性達が棺に近づき蓋を閉めた

そして更なる衝撃がこの身を襲った

棺に釘を打ち始めたのだ

耳の奥、頭に響くくらいの大きな音に聞こえた

もう何も考えられなくなった

配偶者のすすり泣きが号泣へと変わった

それをきっかけに周囲の泣き声も音量を増した

棺は持ち上げられ霊柩車へと運び込まれていった

葬儀には私の他にも同年代の子ども達が数人参列していて

それまでキャッキャと遊んでいたのに

それ以降は空気が一変した

その中の一人が「変なものを見ちゃった」と呟いた

そんな言い方をしてはいけないと思ったが

その子の謂わんとすることは十分に理解できた

 

普段から口数の多い母親は帰りのバスの中でもなんだかんだと言っていたが

内容は一切入ってこなかった

大きな香典返しを抱えながら帰宅しリビングに入ると

二人とも腰が抜けたように床に座り込んだ

「疲れた」の一言しかこの日の母親の声は覚えていない

テレビをつけると当時流行していたキョンシーが放送されていた

それまでキョンシーを見るのを避けていた私だったが

チャンネルを替える気力も起きず放心していた

キョンシーも怖いけどその日見た光景はもっと怖かった

 

その日からだった

私は眠りにつくのがとても難しくなった

病弱でしっかりとした睡眠時間は欠かせないし体も疲れているのに

布団に入ると目が冴えて眠れない

眠りに入っても悪夢に酷くうなされる

睡眠が悪魔に支配された

6歳のあの夜から42歳の今もそれは変わらない

 

布団に入ると自分が遺体になった気がする

その後に来る入眠は我という意識が消滅する瞬間なのだと錯覚する

死後をリアルに想像してみる

無論、それが合っているかなんてわからないのだが

目を閉じずとも脳に映る景色が消える

そこには永遠の無が広がる

意識は消えたはずなのに

計り知れない恐怖と不安が何tもの塊となって胸を圧し潰す

私は我を失い絶叫してしまう

それを何度も何度も数時間にわたって繰り返し、やっと眠りにつく

 

入眠すると

今度は脳がもう一つの人生を映し出す

夢の中に人生が在る

あるはずだった、完璧な体なら手に入れるはずだった可能性という悪夢

 

アパートの和室の中心に置かれたベビーベッド

そこに生まれたばかりの私は寝かされている

ベッドの両脇には若い夫婦がにこやかに愛おしそうに私を見ている

本当の私の両親だと知っている

同時に、そんなことはあり得ないし、これは夢だし、

現実の私は1歳まで病院を出られなかったし、実家は初めから一軒家だとも思っている

 

直ぐに私は悪夢から覚めようとする

疲れた体はそう簡単に目覚めてはくれない

しかし脳は覚醒していて体に指令を送る

「目を開けろ!早く!急げ!!」

体は全く起きようとしない

脳は焦る

そのうちに起きたような錯覚が始まる

部屋が見える

起き上がっていつものような生活を送っている

そのうちに「あ、私はまだ起きていないんだ」と気づく

夢のまた夢、悪夢のマトリョーシカ

それを何周も繰り返し

「もういい加減起きてくれ!!」

そう脳が懇願すると

晴れた昼間に私は立っていて、目の前には一人のお祖母さんが立っている

二人しかいない空間

全ての人類が滅んでしまった後みたいにこの世には私とお祖母さんの二人しかいない

お祖母さんは私の未来の姿だ

お祖母さんは一人きりで旅立っていく……

 

大量の汗と涙、そして絶叫と共に視界が開ける

 

 

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